




上の写真は、3位決定戦のときのもの。フランシーがシャイーンの応援に来ていた。
書こうかどうしようかずっと迷っていたが、いずれわかることなので、書くことにした。
先日の黒鷲にシャイーンの姿がなくて、あれ?と不思議に思った方も多いと思う。
実は、黒鷲の直前、4月27日に、シャイーンの最愛の恋人でありパートナーである、Jonathon Walshさんが亡くなった。死因ははっきりとはわからないが、「心停止」となっていたので、恐らく心臓発作ではないかと思う。滞在先のスイスで亡くなった。享年32歳。
黒鷲の前、オランダチームファンの友人が、こちらのサイトを見て、訃報を知った。
知らせを聞いて、私もびっくりして見てみたら、開幕戦のときにシャイーンのもとに来ていた男性だった。試合後、ファンにサインをするため観客席に来たシャイーンと、親しげに話をしていたので、ボーイフレンドだろうと思っていた。まさにその人だった。後でファンの人に聞くと、Jonathonさんは2度、今リーグ中に日本に来ていたそうだ。
Jonathonさんは、カナダ出身のバレー選手で、いろいろな国でプレーをしていた。最近では、後進の指導にあたったり、マネージメントの仕事もしていた。
2005年には、オランダのMartinusの男子チームでプレーをしていた。同じくMartinusの女子チームで、同年シャイーンもプレーをしていたので、そのときに知り合ったのだろう。ふたりは数年来、アムステルダムで一緒に暮らしていた。
シャイーンは、訃報を聞いて、すぐに日本を離れた。カナダでの葬儀の後、5月4日にオランダでの葬儀が行われた。
あるページに、シャイーンの弔辞のような文章が載っていた。
それを読むと、ふたりがどんなに固い絆で結ばれていたか、また彼がどんなに愛すべき人だったかが、伝わってくる。彼はいつもシャイーンの指針となってくれ、試合で落ち込んだときには様々な方法で優しく励ましてくれた。パソコンが大好きで、いつも出かける直前までやっていて遅れがちになったこと、離れていてもskypeで連絡を取り合っていたこと、昨年のクリスマスには彼の故郷のカナダで過ごしたこと・・・などが、極力感情を押さえた形で書かれていた。
これが書かれたのは29日、亡くなった2日後だ。本当ならとてもこんな文章を書ける状況ではなかったと思うが、彼のために、強靭な精神力で書ききったのか。でももしかしたら、あまりに突然のことで、現実のこととまだ受けとめ切れていなかったのかもしれない。まるで、まだ生きている人のように読めてしまったから。
またその数日後には、シャイーンのご両親の書いた文章が載っていた。
そこには、実はJonathonさんは、シャイーンが日本から戻ったらすぐにプロポーズをして、彼女をびっくりさせようとしていた・・・と書かれていた。両親に彼女の手(指)のサイズを聞き、準備万端だった。
シャイーンは、本当なら世界一幸せな女性、妻、そしてきっと将来母になるはずだったのに・・・。
だから、あなたは永遠に私たちの義理の息子です、と結ばれていた。
もう涙なくしては、読めなかった。
リンクをはろうかとも考えたが、事が事だけに、控えたい。
(全文を読みたい方は、検索してみて下さい。オランダ語ではなく、英語で書かれています。)
シャイーンは今、筆舌に尽くし難い辛い状況にあると思う。
妹のキムには、今年の9月に赤ちゃんが生まれる。そんな幸せな妹を見て、きっと自分もJonathonさんとの結婚を夢見ていたと思う。こうした状況から、どうしたら抜け出せるのか、ちょっと想像もつかないけど、どうか前に向かって少しずつでも進んでいってほしい。
8月に、オランダチームはワールドグランプリで、日本に来る。さらに10月には、世界選手権がある。そのとき、シャイーンの姿を見れるだろうか。いや、ふたりを結びつけたバレーこそが、そしてその仲間たちが、彼女の支えになってくれると思う。彼女の復活を、信じて待ちたい。
最後に、リーグ中と天皇杯・皇后杯でのシャイーンの写真を張っておく。

開幕戦。有明にて



12月に行われた、天皇杯・皇后杯の決勝では、フルセットの接戦の末、惜しくも優勝を逃した。



こちらは、準決勝・久光戦の勝利後。喜ぶメンバーたち。

翌日決勝で破れた。泣きじゃくる細田選手を慰めるシャイーン。

最初は英語で慰めていたが、途中から通訳さんを呼んで、伝えていた。

仲間たちに、積極的に指示を出すシャイーン


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